地方でプログラマは育つのか

松山オフィス

こんにちは。サイボウズ松山開発部の門屋です。
来春発売予定のデヂエ 8 の開発責任者を務めています。
サイボウズでは、2008年3月に愛媛県松山市に松山オフィスを開設し、同8月に松山で製品開発を行うセクションとして、松山開発部が立ち上がりました。
現在はデヂエ 8 のデバッグに追われるかたわら、松山開発部をこれからサイボーグ009麦わら海賊団のように卓越した組織にするためにはどうすればよいか、試行錯誤しているところです。

カラ求人?

先日、たまたま見かけた2ちゃんねるの書き込みで、サイボウズは知名度を上げるために求人しているように見せかけて、実は松山で求人などしていないのではないか、というのがありました。

いやいや、めちゃめちゃ求人してますよ!!

うそだと思うなら、エントリーしてみてください。海賊王になるには、航海士やコックや医者や船大工が必要だと麦わらの人が言ってました。自分こそはロロノア・ゾロやトニートニー・チョッパーにふさわしいという方はぜひ。

松山に移ってから数ヶ月経ち、その間実際に何人か面接もさせていただいているのですが、ひとつ痛感することがあります。
それは、「地方ではプログラマの地位が圧倒的に低い」ということです。
ある方は、プログラミングというのはコーダーと呼ばれる、派遣社員のする仕事だとおっしゃっていました。
情報処理やなんちゃらの資格のある正社員は設計の仕事ができてお給料も多くもらえるため、そちらの方が人気が高いそうです。
わたしは、それを聞いて悲しくなると同時に、まともなプログラマが地方に住みたがらないのも、無理はないなと思いました。
剣豪上泉秀綱なら、きっとこう言うでしょう。「我々が命と見立てたコードは、そんな小さなものかね?」
事実、わたし自身もプログラマが地方に住む難しさを、身をもって経験しています。

プログラマが地方に住むということ

わたしは大学を卒業してから、東京にある小さなSIerに勤めていました。
25歳のときに子どもができたのをきっかけに妻の体調が悪くなり、しばらく妻の両親のいる松山で静養していたのですが、
回復の見込みが立たないということでわたしも一緒に戻ることを決意しました(松山はわたしの地元でもあります)。

そのとき思ったのは、「あーこれでもう仕事で何かを成し遂げることもなくなった。あとはみかん栽培でもして余生をゆっくり過ごそう」
ということでした。本当は地元で就職するつもりだったのですが、当時勤めていた会社の社長のご好意で、松山に小さな事務所を借りてそこで東京から持ち帰った仕事をすることになりました。
6年以上もそんな感じで仕事を続けていたのですが、地元で受注した案件はひとつもありません。まあ、これはわたしが営業をしなかったせいもあるのでしょうが、まわりから聞こえてくる話だと、地元の大手メーカー系SIerでも状況は同じようなもので、仕事のほとんどは東京から発注されるため、技術者は東京と地方とを行ったり来たりして、ひどいときには東京に何年も常駐しないといけないのだそうです。

これでは最初から東京に住むのと何の変わりもありません。実際この業界には、地方に帰ったものの、仕事がないからやっぱり東京に戻ってきたという人も多くいます。

わたしは頻繁に東京と松山とを往復する生活だったものの、それほど会社に縛られることはなかったため、空いた時間にイーサネットのプロトコルアナライザを作ってフリーウェアとして公開したり、たまたま縁のあった出版社が発行する雑誌に記事を書かせていただいたりと、地方在住のプログラマとしてはそれなりに有意義な仕事をさせていただきました。でもこれは運が良かったのだと思います。
結局、サイボウズ松山オフィスの立ち上げに加わるかたちで転職することになったのですが、5年前のわたしから見たら想像もつかないでしょう。
地道にやりたいことをやってたら、なんとか道が繋がってたという感じです。 最初から地元企業に身を寄せていたら、こうはなっていなかったと感じます。

地方にプログラマはいないのか

一方で、地方に優秀な学生や技術者がいないかというと、そんなことはありません。
先日、弓削商船高等専門学校を訪問してきました。瀬戸内海に浮かぶ弓削島という小さな島にある学校です。

その学校のマイコン部(!)では毎年高専のプログラミングコンテストに出場していて、優秀な成績をおさめています。
2007年の大会で最優秀賞を獲得したメンバーのひとりが、今サイボウズ松山開発部で活躍してwいます。
長尾教官の熱心なご指導のもと、メイド喫茶もない離島で黙々とプログラミングに勤しむ学生たちの姿を見て、わたしはちょっと感動してしまいました。
要は、需要と供給のバランスが成り立っていないだけなのです。
優秀な学生や技術者が東京に出て行かなくても正当に評価される場を提供できれば、みんなが幸せになれると確信しました。

われわれは、地方で開発することに楽園のような夢を描いているわけではありません。
自分たちの手で松山を発展させてやるなどと大それたことも考えていません。それは行政のやるべきことだからです。
地方都市から世界へ羽ばたくぜイェーイとか簡単には口に出せません。本気でそうしたい人は、まずシリコンバレーに行くべきです。
地方にいるディスアドバンテージをきちんと認識したうえで、それでもサイボウズで、松山で開発がしたい、という仲間と一緒に、何かを成し遂げたいと思います。
そうしないと、みかん栽培を諦めた甲斐がありません。

手はじめに

サイボウズでは、2008年11月22日にエンジニアの交流の場として、「ITバレー・カンファレンス@まつやま」を開催することにしました。
講演者のそうそうたる顔ぶれの中、僭越ながらわたしもお話をさせていただくことになっています。
サイボウズでどのように開発を行っているか、ご興味のある方はぜひお申し込みをお願いいたします。

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